2011年01月30日

身上監護について(26)


危なっかしい自己決定もあることを



自己決定、自己決定とオウム返しのように言う人々がいるが、知的障がい者の場合、本当にそれが本人の権利擁護につながっているとは思えませんね。
 たとえば、自分の欲求と自己決定を混同していることもあります。お金の判断が十分でないのにテレビを買いたい、冷蔵庫を買いたいなどの欲求に任せて、高い買い物をしてしまったり、あるいは、訪問販売員にダマされてしまったり、スナックに遊びに行って、あっという間に小遣いを消費してしまったり、このような行為も自己決定でやむを得ないとすませてしまうのだろうか?
 また、さらに重大なことは、予防注射や医療の同意に関わるようなことを自己決定と言うことで簡単にすましてしまうのはどうかと思います。


 細川さんは、「自己決定を絶対視する人たちは、あまりにも独善的すぎる議論を展開している」として、次のように述べています。

1 「もし代理による決定は悪であり、支援付き意思決定でなければ、という主張をもし貫くならば、虐待された乳幼児や認知症高齢者等を含め、自己主張できない人の保護や施策は、どうすれば実現するのであろうか。」
 
2 「自己決定を絶対視する人たちが、成年後見制度が権利条約に違反すると口を出すことは、自分たちに必要ないものは他者にも必要ないと、自分の考えを他者にも押し付けるものである。」

3 「確かに知的障害者でも軽度の人はかなり自己決定できるかに見えるが、その範囲とは、おそらく軽易な行為、つまり日常生活に関する行為(民法第9条但書等)が中心であろう。」

4 「民法13条1項に列記されている重要法律行為を再確認して欲しい。」

5 「これらの重要行為が自分にとって有利か不利かという判断を、支援があれば知的障害者が意思決定できると思うのであろうか。」

6 「その場合の支援された意思決定とは、単に支援者の誘導に乗るだけではないのか。」

7 「健常者であっても、選択が誘導されて自己決定させられて被害に遭う例は枚挙にいとまがない。」

8 「『支援付き意思決定』によって得られた『本人の意思決定の質』、あるいは本人への『意思決定支援の質』は担保されているのであろうか、逆に疑問を呈したい。」

9 「そのような危なっかしい自己決定を迫られて、後は自己責任と放って置かれるよりも、おそらく多くの知的障害者は、本人の意見が尊重され、多くの関係者が集まって後見計画を練り上げてくれ、後見人が代行決定した後も、地域で見守ってくれることを喜んでくれるのではないだろうか。」

10 「そして、それこそが彼らを心配している親や関係者、そして社会も望んでいることであろう。」

このことについて、本件のコメンテーターは次のように注釈していますが、まさに同感です。

 三障害一体とする考えだけにこだわり、知的障害者特有の問題を犠牲するような考え方を優先するようでは、本末転倒。
 障害種別によって、対応が異なる面も当然あっていい。
 今まではそれが当たり前だった。
 三障害一体になったからといって、全て同じ対応でなければならないといったやり方こそ行き過ぎである。
 障害種別ごと主張が異なり、制度上あまりに対応が複雑にならざるを得なかったという反省が生じて、三障害一体となったという考えは納得できる。
 しかし、障害特性がそもそも異なるのだから、それにあった制度の確立が必要な時は、それに対応してゆくという是々非々でやっていくべきである。
 現実的に障害者本人がいかにすれば最善の利益になるかを常に考えてゆくやり方こそ必要なのだ。
 (ケー)


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2011年01月28日

身上監護について(24)


 


合理的配慮と成年後見制度



 細川さんは、「障害者権利条約でいう『合理的配慮』と成年後見制度の運用さえ間違わなければ、知的障害者の権利侵害にならない」として、次のように述べています。

1 「附則1・・・障害者権利条約12条の解釈について 成年後見制度自体を不要と導くのは、本人の障害特性を無視し、短絡的で権利侵害。」
 
2 「よりよい身上監護に向けての条件が付けば、成年後見は支援付き意思決定or共同意思決定と齟齬はない。」

3 「一部の障害者団体から、『成年後見制度は条約に反する。代理による決定は自己決定権を侵害する。知的障害者は支援を受けて意思決定すべきである。』との発言である。」

4 「三障害への施策の統合化が進んでいるが、何でも統一的に扱おうとすることには違和感を抱く。」

5 「障害者権利条約でいわれる『合理的配慮』については、それぞれの障害の特性ごとに必要な支援が異なることに異論はなかろう。」

6 「身体障害の中でも、障害種別によって必要なものがそれぞれ異なるのと同じく、身体障害者にとって不要であっても知的障害者には必要とされるものがあることは、当然である。」

7 「知的障害者の場合、適切な意思決定の支援システムがあることが、合理的配慮として不可欠であり、人生の伴走者としての成年後見人が必要なのである。」


障がい者権利条約の「合理的配慮」については、「合理的解釈」が必要と思われます。
身体障害者と知的障がい者の間には、加齢とか、病気とかを除けば、意思決定、自己決定に決定的違いがあるのではないでしょうか。権利条約の解釈については、知的障がい者の最大利益の側面に照らして制度を運用すべきであって、親とか、後見人の代理行為が「条約違反」で「権利侵害」というのは、不合理な解釈と言っても良いと思います。


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2011年01月26日

身上監護について(23)


医療行為の同意権



 細川さんは、「成年後見人の医療行為に関する同意権は、難しい問題と軽易の問題に分けて考えるべき」として、次のように述べています。

1 「わが国の後見人のできる法律行為が限定的であり、かつ医療行為の同意権もないことから、適切な医療を受けることができないことが問題となっている。」
 
2 「そもそも、医療同意については成年後見人には『権限がない』とひとくくりにされているが、ここでも一律に考えるべきではあるまい。」

3 「(a) たとえば、その対象を生き方や死に方の選択のような、難しい問題(リスクの大きい先端医療や自殺あるいは尊厳死等。臓器移植も同様。)への対応。」

4 「(b) 特別に選択の必要のない、生命・身体の健全維持のための一般的な治療や常識的な検査、健康診断、処方薬等である。いわば説明を受け、同意書に印を押せば済む程度の医療である。」

5 「これらは分けて考える必要があろう。」

6 「(a)の場合は、おそらく本人の事前の明確な意思表示がない限り、認めるべきではあるまい。」

7 「平成22年に改正された臓器移植法によれば、本人の明確な反対の意思表示がない限り、家族の同意だけで脳死からの臓器移植が可能となった。」

8 「しかし、知的障害者の場合は、元々本人の反対の意思表示自体が明確でないことから、家族の同意があっても臓器移植の対象から外されているが、良識的判断であろう(家族の同意だけで臓器移植が判断されること自体に問題はあろうが、それは別問題である)。」

9 「(b)の場合には、本人の意思の自由を損なうというより、むしろ後見人に権限がなく、同意する人がいないために、必要な医療が受けられない不利益は、本人が負うことになるのであって、これは回避する必要があると思われる。」

10 「成年後見法学会の提言書においても『通常の医療行為については、後見人に同意権を与える』ことを提言している。」


これからの医療は、臓器移植などかなり重要な意思決定が必要となる手術が多くなると見られます。
知的障がい者本人が意思が明確でなく、かつ本人が臓器移植等を受けることにより存命できる場合など、後見人の同意やその他の方法で救済できる制度にする必要があると思います。
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2011年01月24日

身上監護について(22)


 

医療行為に関する諸外国との比較



 細川さんは、「日本において医療行為に関する成年後見制度がきちん位置づけられてないこと」について、次のように述べています。

1 「身上監護における本人意思の代行決定は、本人の自由を損なう恐れがあるため、財産に対する制限よりも厳しい要件を設けるべきか、についてはさらに検討を要する。」
 
2 「しかしながら、ここで押さえておく必要があるのは、医療行為についてである。」

3 「わが国の成年後見は法律行為しかできないとする見方からは、後見人は、被後見人の一身上の行為である医療行為については同意権がないとされている。」

4 「ここでまず確認しておくが、たとえば諸外国で問題とされている入院や入所の強制等は、わが国の成年後見制度では、後見人には入院や入所の強制等ができないことから、問題にならない(但し、医療保護入院に留意)。」

 参考1:「入院や入所の強制等については、フランス法では、後見人が身上監護の権限を行使するには、判事が主宰する家族会の許可を要すると言われている。」

 参考2:「またドイツ法では、裁判所の許可が必要とされている。」

 参考3:「いずれも後見人だけでは決定できず、重い手続きとなっている。」

 参考4:「一方、アメリカ統一遺産管理法では、身上監護と財産管理を分離し、身上監護の要件を厳しくして、医療行為や居所選択については、自由等の侵害があるため、明白に必要な場合に限っている。」
 
 参考5:「また、カナダ・オンタリオ州では、身上ケア能力−自分の健康、住まい、衛生や安全を決定するための情報の理解や、その決定をした場合の結果を認識できない場合のみ、身上ケア能力がないとして、代行決定を認める、と言われている。」


たしかに、今、医療行為を支援現場、介護の現場においてどのように扱うのかが議論されていると聞きます。
本人にとって、どこに住もうが、暮らそうが、医療行為は命に関わる問題です。
この問題を後見制度の中でどうするのかは、きちんとしておいてほしいと思います。

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2011年01月22日

身上監護について(21)

 

重要な法律行為とはなにか



 細川さんは、「民法で定める重要法律行為を財産管理だけにしぼるべきでない」と、次のように述べています。

1 「第一番目として、日常生活に関する行為といった軽易な行為の自己決定権の柔軟な解釈をもっと推進する必要がある。」
 
2 「第二番目として、重要な法律行為、つまり生活状況が大きく変わる時や大きな財産の得失や権利侵害があった時(民法第13条1項列記参照)については、保佐類型の場合は本人の同意を必要とするとなっているが、後見類型の場合を含めて、本人を含めた関係者とのケア・マネジメントを義務付けることが、より本人の意思尊重を担保すると思われる。」

3 「問題となるのは、民法13条1項の列記された重要法律事項は、財産に関する行為である点である。」

4 「これが、成年後見人は財産管理しかできない、との一部学者の主張を裏づけるのであるが、しかしこれまで述べてきたように、身上監護こそが成年後見の目的なのであり、財産管理はその手段と考えるべきである。」

5 「となれば、身上監護の何が民法13条1項と同等に位置づけることができるかを、早急に明らかにし、福祉制度の中に明示すべきことになろう。」

6 「とりあえず次に掲げる事項、つまり生活の転換点や侵襲性の強い医療行為は重要事項として位置づけることができようが、これらについては、今後更なる検討が必要である。」

7 「例・・・生活の基盤が変わる時(親の死等)

     住居を変える時(自宅→グループホーム、入所施設→グループホーム等)

     仕事や日中活動の変更時(就職、離職、通所施設の変更等)

     権利侵害・加害(の恐れ)がある場合(消費被害、自他加害等)

     心身の状態の急変時(入院、手術、高齢による不適応等)

     本人に不利益を課す場合(抑制、投薬等)

     その他(本人に不可逆的なダメージを与える恐れがある場合)。」


以上何度も述べられているように、後見人は財産管理だけに留まってはならない、同時に身上監護が重要なのです。
この両面が満たされない制度は、本人の最大利益を損なうことになると思います。
身上監護、見守り、ケアマネジメントの義務づけが後見制度の中に組み入れられることが望ましいと思います。
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