2015年08月27日

安保法制は福祉犠牲の上に成り立つ?

戦争法案と言われる安保法案が、自民党公明党らの強行採決によって衆議院を通過し、今参議院で審議されています。
毎日のように繰り返される国会論戦を聞いていると、安部首相の答弁の誠実性のなさが感じられて仕方がありません。

安保法制はなぜ必要なのか?
日本がどこか外国に攻撃されて国民の生命と財産が破壊されることがあるかもしれないので、それを事前に防ぐために予め自衛隊が米軍に協力して海外にまで進出して行くことも必要であるという論理で、丁寧に説明すれば国民に分かってもらえるということらしい。

でも、もしこの法案が成立したとしたら、いまよりももっと諸外国に日本が危険な国と認識されそうです。
なぜなら、海外へ進出出来るだけの軍事装備を持つことを公然と諸外国、周辺諸国に宣言することになります。

軍事装備をするための軍事費はどんどん嵩上げが認められ、その財源として福祉予算、社会保障経費を削減することにつながってくるおそれは十分にあります。

これだけとっても、知的障害者をもつ親として、子供の将来を考えれば恐怖になります。

ナチス・ドイツは、あの戦争を始めるにあたって、ユダヤ人をアウシュビッツなどで大量虐殺しましたが、それ以前に障がい者・知的障害者を処分したと記録されています。

難民として流れ住んだユダヤ人よりも先に障がい者を抹殺した歴史があるのです。
戦争に突き進むときは、いつも国内の反戦争思想家や戦争の「役に立たない」障がい者を遺棄するのです。

先日、「戦後70年目の8月15日によせて」と題して社会福祉系学会会長声明が発表されました。

社会福祉系学会会長声明

このなかで、声明は、「血ではなく「智」による、「抑止力」ではなく「協力」による未来社会を展望する努力を続けることを誓い合いたい」と結んでいます。

まさにそうありたいと思います。

もう一つ、京大声明文というのが発表され話題をよんでいるということです。

引用しておきます。

声明文

戦争は、防衛を名目に始まる。
戦争は、兵器産業に富をもたらす。
戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。

生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

自由と平和のための京大有志の会

8月22日の記事に「蝉の声」をアップしました。
posted by はるあき at 00:06 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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