2008年12月01日

小檜山 博氏の講演(2)つづき

小檜山 博氏の講演(2)

居候の時の話

あまり収入のない針灸を生業にしていたその家にも何人も食べ盛りの子どもがいて、ご飯も腹一杯食べることが出来なかった。3杯目をおかわりしようと思う頃には、おひつの底がカラカラと音を立てていた。とても3杯目のお変わりは言い出せなかった。
あるひとうとう腹が減って夜中に家にご飯を食べに帰ったときの母の叱責。
「お前がいなくなって心配して警察や消防団に届けたらどうなると思う。」
「お世話になっている人の心を考えた事があるのか」
「お腹がすいて家に帰ったと(お世話になっている人に)言えるのか?言えないのならいい訳を自分で考えなさい。」
幸い、夜中の4時に帰って誰も気づかなかった。
しかし、もし、その家の女将さんが心配して起きていたら何と言おう。いまだ、その答えは思いつかない。

苫小牧工業高校時代の寮の話

自分だけ卒業証書をもらえなかった。
理由は家からの仕送りが滞っていて、授業料などを払っていなかったからだった。
みんなが卒業して3年生が誰もいない寮の部屋で2年生と1年生とともにお金が届くまでの数日間を過ごした。
寮費も払っておらず、かつ、寮の籍も無かったのでご飯は当たらなかった。
数日水だけで過ごしたが、同部屋の後輩が自分たちの食事を少しずつ削って、持ってきてくれた。味噌汁も鍋底に残った味噌の固まりのようなものを持ってきてくれた。
そんな家族とも言える仲間のうれしい思い出がある。
後年、お礼の意味も込めて2人を招待してそのときの話をしたとき、二人は顔を見合わせて、「そんなことあったか?」など知らんふりを決め込んでいた。
ここにも暖かいものを感じた。

長崎からの少女の話。(小檜山さんの小説を読んで感想を手紙に書いてきたという)

少女の通うある学校での話、授業中に女の子がオシッコを漏らしてしまったらしく、椅子の下から水が流れていたのを後ろの男子生徒が気がついた。
その女の子は、なにか障がいがあったらしく自分では気がつかないようでした。
男の子は、しばし他の生徒とこそこそ話していましたが、そのうち一人が席を立って廊下に出て行き、バケツに水をくんで帰ってきた。女の子の席の近くで躓いてしまって、バケツをひっくり返してしまった。女の子の椅子の下を含めてその当たりは水浸しになった。
男子生徒達は、大騒ぎをしてあわててぞうきんを持ってきて、全てを拭き取った。
その事件のことは、それで終わった。女の子についての話はその後も一切無かった。他のクラスにも噂になることもなかった。

家族とは

家族とは何か?
血は水よりも濃い。
自分の受け継いできた血を考える。自分の父母、その又父母、その又父母、どんどんと世代の遠い祖先から何分の一かの血を受け継いでいる。
30代前の祖先にさかのぼると約一億人になる。ちょうど日本の人口ぐらいだ。
このように考えると、周りの人は皆つながっているのだ。
この世には、血よりも濃いものがある、それは「関係」というものだ。
家族関係、人間関係、夫婦関係。一緒に寝て、一緒に食べ、一緒に話し、一緒に暮らす。そして長く深い関係を築いていく。仮に血のつながりが無くとも、これが「家族」というものだ。
私の母は、本を読み気丈な女だった。晩年、ぼけてしまって垂れ流しをするようになった。長い間兄夫婦の元で世話になっていたが、私の家でも数年間世話をしてきた。その間、私も、嫁さんも大変でした。でも、その様子を目の当たりに見せることが私の子ども達にとても良い人生の勉強をさせたと思っている。
もう、息も長くないと知ったある日のこと、兄弟姉妹が母の傍に集まった。いつも世話をしてきた兄夫婦や私ども夫婦の顔でさえ、「誰なの?」ときいても 「おれ、知らん」という。遠くから来た私の姉についても「知らん」という。ところが、父の顔だけは、「とうちゃん」と口に出して言ったのだ。これが、70年寝食を共にしてきた「関係」なのだと。

posted by はるあき at 22:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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