地域の中で知的障がい者が自立して生きることは、現状ではかなり難しいことです。
[自立生活]という考え方は、知的障がい者の運動の中でも最近はよく言われるようになりました。
それは、「施設や親の庇護と管理を否定し、地域の中で、介助やさまざまな支援を使いながら自分らしく生きたいように生きようとすること」(良い支援?―知的障害/自閉の人たちの自立生活と支援・作者: 寺本晃久,末永弘,岩橋誠治,岡部耕典・47P)として、知的障がい者に望ましい生活のあり方とされてきています。
しかし、知的障がい者にとっては望ましいことではあるでしょうが、支援する側にとっては、おそらく、とても難しいことではないでしょうか?
身体障害のみであれば、自分の意志を正しく伝えられ、支援者が誤った判断をしても、すぐに修正が可能です。
しかし、知的障がい者の場合はどうでしょうか。
おそらく伝えること自体も難しく、さらに、正しく伝えたり、間違った判断を修正することにいたっては至難です。
私の息子の場合も、単に食事の希望を聞くにしても、答えはオウム返しなのです。私の方で日常の嗜好を判断して、好きな食べ物の名前を伝へ、その食べ物の名前のオウム返しの返答を待って、食事を作ったり注文したりするのです。
親や施設の職員は、このような支援?の繰り返しですが、これが知的障がい者の「自己決定権を奪っている]と言われるものなのかどうか、未だによくわからないのです。
地域での自立生活というのは、自己決定権を可能な限り発揚させて、自分らしく生きていけるようにするということですが、それは知的障がい者にとっては、かなりの戸惑いや矛盾やリスクに満ちたものにならざるを得ません。
戸惑いや矛盾やリスクがパニックとなり、地域生活が困難になって、また親元に戻ったり、施設に戻ったりするケースもかなりあると聞きます。
単に施設から地域へということではなく、「自立生活]が出来る良い支援を整備することが先決だと思います。
知的障がい者にとって「自分らしく生きる]ということは、施設を生活の拠点にした場合でも十分に可能です。その施設が施設外で生活するよりももっと自由に開放的でかつ安全な「良い支援」を提供できる「良い施設]になればよいだけです。
posted by はるあき at 11:42
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